Hちゃんの家族は宇宙人に違いない。
さっきまで遊んでいたHちゃんの家からガチャガチャ聞こえる食器の音を背にして確信しました。
Hちゃんの家族は、大家族で9人いました。
ひいおばあちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、Hちゃん兄弟4人。
夕飯の用意が調ったから私は、急いでHちゃんの家から還ったのです。
「ごはん、一緒に食べていきな」
Hちゃんのお母さんが声をかけてくれましたが、私は「いいです」と言って還ってきたのでした。
以前、Hちゃんの家で夕飯をごちそうになったのですが、私の食べられないものばかり並んで、困ってしまいました。
漬物、味噌汁、煮物、ごはん。
箸が進まない私に、Hちゃんのおばあちゃんとお母さんは心配しました。
「サチコちゃんのおうちでは、もっとおいしいモノ食べているからねぇ」
わが家の食卓は、決しておいしいモノばかりではありませんでした。
私は、漬物と煮物はどうしても苦手でした。それで母親は、オムライスやチャーハン、スパゲッティ、ハンバーグ、カレーなど洋食っぽいものを作りました。
洋食っぽいモノが食事だと信じて疑いませんでした。
Hちゃんの家が、宇宙人だと確信したのは、Hちゃんのお母さんが私の母と会話しているのを小耳に挟んだ時でした。
「うちのおっぴさん(ひいおばあさん)は、味噌汁の中に煮干し入っていたら嫌がるし、鰹節で出汁を取っただけでも、『クサくて食べられない』と言うから、うんと気を遣う」
Hちゃんのお母さんが困った様子で言いました。
私の母が、応えました。
「クサいものは、全く食べないの?」
「そうなの、だからHもおっぴさんのまねして、クサいものは、全然食べないんだ」
Hちゃんのお母さんが帰った後。この会話の詳細を、母親に根掘り葉掘り聞きました。
クサいものとは、魚を含めた動物性の食べ物を言います。Hちゃんのひいおばあさんは、魚や肉はもちろん、牛乳もチーズも食べませんでした。
Hちゃんもその傾向があり、わが家で夕飯を一緒にしたとき「クサくて食べられない」と言って、カレーから肉を皿からよけていました。
うちの両親が、Hちゃんに「何でも食べないと大きくならないよ」と言いましたが、「へへへ」と苦笑いして、肉をすべて取り除いていました。
「Hちゃんのひいおばあちゃんって、いつから肉とか牛乳とか摂ってないの?」
私の質問に、母親は「子どもの頃からみたいだよ」と答えて、「しまった!」という顔をして言い直しました。
「大人になってからじゃないの」
私は母親の言葉を疑いました。
これまで、何でも食べないと大きくならないと言われて、牛乳を我慢して飲んでいました。しかし、牛乳を飲まなくても、背が伸びて、ちゃんとした大人になった人がいたのです。
「Hちゃんのひいおばあちゃんは、子ども生んだよね」
「子どもは7~8人生んだ」と、Hちゃんが教えてくれました。
親から言われたことと、目の前の現実のギャップに驚き、もうHちゃんの家は宇宙人だからそれができるんだと解釈するしかありませんでした。
それから数十年後、私は身体を壊したことをきっかけに、食についての情報を図書館にある本のほぼすべてに当たりました。そして、日本人の食が第二次世界大戦後急激に変わったのを知りました。
Hちゃんのひいおばあさんは、明治時代生まれ、おじいさんとおばあさんは、大正生まれ、ご両親は戦前の生まれでした。
そのため、Hちゃんの家では、昔の日本人の暮らしを当たり前のように続けていました。
梅雨時に梅酒を、真夏に梅干しを仕込み、畑から採れた野菜を漬け込み、冬は味噌を作り、庭の柿の木からできた柿の渋抜きをして、干し柿を吊す、というサイクルを何十年、もしかしたら百年以上前から続けていました。
わが家は、両親が戦後生まれだったせいで、洋食メニューを取り入れていました、しかし、当時の私の友だちは、Hちゃん以外の家でも宇宙人の食事をしていました。
そして、わが家も10年以上前から、宇宙人の食卓になっていました。
梅雨前に梅酒を、真夏に梅干しを仕込み、ぬか床に野菜を漬け込んで毎日の食卓に漬物が並び、冬から春先にかけて、家族で味噌を作っています。
現代の栄養学の理論には合わない食生活ですが、こっちの方が私には合っていると思っています。
宇宙人の食卓と、現代人の食卓は、引き算と足し算の違いがあります。
宇宙人の食卓は、身体から出すために食べると言う引き算の食べ方です。漬物や麹由来の味噌などは、腸内細菌を増やし、内臓の働きを活発にして、食べたものを排泄し、身体を元気にしてくれるように実感しています。
一方、現代人の食卓は、足りないから食べるという足し算の食べ方です。ビタミンが足りないから、栄養が足りないからと、足りないものを補うために食べるという感じです。
どちらが良いのか、個人差はあると思いますが、私を含めたうちの家族は、宇宙人の食卓が合っていると思っています。
Hちゃんのひいおばあちゃんは、100歳近くまでぼけることなく、寝たきりになることなく生きて、亡くなりました。
私が目指しているのは、Hちゃんのひいおばあちゃんです。100歳まで元気に生きられたらいいな。